デーヴァナーガリー文字

ヒンディー語を記述する文字を、デーヴァナーガリー文字(देवनागरी)と言います。デーヴァナーガリー文字はとてもシステマティックにできており表記と発音のズレが非常に少ないため、ルールさえ覚えてしまえばごく一部の例外を除いてあらゆる単語が読めるようになります。

初学者はまず母音字子音字母音記号結合子音潜在母音を優先して学習してください。その他のルールについては、文法学習や読解で出会った際に確認して覚えていくと効率的です。

母音字

母音は全部で11個あり、大きく短母音と長母音に分けられます。短母音は短く、長母音は日本語の「ー」がついた音のように伸ばして発音します。日本語で近い音を表記していますが、同じ音ではないので参考までに確認してください。

[ə]ア  口を小さく開き息を吐き出します。英語のあいまい母音に近い音です。日本語のアよりも暗く狭い音です。
[ɑː] アー口を縦に大きく開けて発音します。短母音のअとは長さだけでなく音質も異なります。
[i]口を横に開き緊張させて発音します。
[iː]イー口をさらに横に開き緊張させて発音します。
[u]唇を突き出し、丸めて発音します。
[uː]ウー唇を突き出し、丸めて発音します。
[eː]エー日本語のエよりも唇を緊張させてエーと発音します。
[εː]アェーアとエ(またはイ)の中間のような音です。と[æ](英語のappleのa)に近い音ですが、わずかに舌の位置が上です。
[oː]オー日本語のオよりも唇を丸めてオーと発音します。
[ɔː]アォー口を縦に大きく開けてアとオの中間のような音を出します。
[ri]発音はriと同じです。サンスクリット語の借用語にのみ用いられます。

子音字

子音字表

子音は喉・舌・唇を使って空気の流れをさえぎって出す音です。空気をさえぎる地点のことを調音点といい、ヒンディー語の子音表は調音点が後ろ(喉)→前(唇)の順に並んでいます。そして1つの調音点に対し、①無声・無気音、②無声・有気音、③有声・無気音、④有声・有気音、⑤鼻母音の5種類があります。無声音は、発音の際に喉が震えない音です。有声音は、発音の際に喉が震えます。日本語では有声音に「濁点(゛)」が付きます。無気音は、発音の際に息を強く吐かない音です。有気音は、息を強く吐いて発音する音です。

調音点無声・無気音無声・有気音有声・無気音有声・有気音鼻子音
のどक [k]ख [kh]ग [g]घ [gh]ङ [n]
硬口蓋च [tʃ]छ [tʃh]ज [j]झ [jh]ञ [n]
そり舌ट [ṭ]ठ [ṭh]ड [ḍ]ढ [ḍh]ण [ṇ]
歯裏त [t]थ [th]द [d]ध [dh]न [n]
両唇प [p]फ [ph]ब [b]भ [bh]म [m]

さらに、半母音と摩擦音のグループがあります。このグループには無声・有声、無気・有気の対立はありません。

半母音य [y]र [r]ल [l]व [w/v]
摩擦音श [sh]ष [ṣ]स [s]ह [h]

子音の発音

子音の発音の特徴を記載します。単独で子音字を表記した場合、短母音のア(अ)が含まれていると考えます。そのため、発音の表記は[kə]「カ」としています。短母音のアの音は日本語のアとは異なりますので、カタカナ表記は参考程度にしてください。また、日本語やローマ字では違いを表現できない文字も多数ありますので、文字と発音を覚えた上でヒンディー語の学習に入ることをおすすめします。

[kə] 無声・無気音息を強く吐かない「カ」
[khə]無声・有気音息を強く吐く「カ」
[gə]有声・無気音息を強く吐かない「ガ」
[ghə]有声・有気音息を強く吐く「ガ」
[nə]鼻子音後ろにカやガの音がくる場合の「ン」の音
[tʃə]チャ無声・無気音息を強く吐かない「チャ」
[tʃhə]チャ無声・有気音息を強く吐く「チャ」
[jə]ジャ有声・無気音息を強く吐かない「ジャ」
[jhə]ジャ有声・有気音息を強く吐く「ジャ」
[nə]鼻子音後ろにチャやジャがくる場合の「ン」の音
[ṭə]無声・無気音舌を丸め舌先で硬口蓋(前歯よりさらに喉に近い歯茎の部分)をはじく。
[ṭhə]無声・有気音舌を丸め舌先で硬口蓋(前歯よりさらに喉に近い歯茎の部分)をはじく。同時に息を強く吐く。
[ḍə]有声・無気音舌を丸め舌先で硬口蓋(前歯よりさらに喉に近い歯茎の部分)をはじく。
[ḍhə]有声・有気音舌を丸め舌先で硬口蓋(前歯よりさらに喉に近い歯茎の部分)をはじく。同時に息を強く吐く。
[ṇə]鼻子音舌を丸め舌先で硬口蓋(前歯よりさらに喉に近い歯茎の部分)をはじいて「ナ」と発音する。日本語のナよりも下の位置が奥。
[tə]無声・無気音上の前歯と歯茎の境目あたりに舌をついて「タ」と発音する。
[thə]無声・有気音上の前歯と歯茎の境目あたりに舌をついて「タ」と発音する。同時に息を強く吐く。
[də]有声・無気音上の前歯と歯茎の境目あたりに舌をついて「ダ」と発音する。
[dhə]有声・有気音上の前歯と歯茎の境目あたりに舌をついて「ダ」と発音する。同時に息を強く吐く。
[nə]鼻子音上の前歯と歯茎の境目あたりに舌をついて「ナ」と発音する。
[pə]無声・無気音両唇を使って「パ」と発音。
[phə]無声・有気音両唇を使って「パ」と発音。同時に息を強く吐く。
[bə]有声・無気音両唇を使って「バ」と発音。
[bhə]有声・有気音両唇を使って「バ」と発音。同時に息を強く吐く。
[mə]鼻子音両唇を使って「マ」と発音。また、後ろにタやダの音がくる場合の「ン」の音。
[yə]「ヤ」の発音。舌はどこにも触れない。
[rə]舌を巻いて「ラ」と発音。舌はどこにも触れない。
[lə]上の前歯と歯茎の境目あたりに舌をついて「ラ」と発音。
[wə/və]ワ/ヴァ下唇を軽く噛んで「ヴァ」と発音。
[shə]シャ「シャ」の発音。
[ṣə]シャ「シャ」の発音。शよりも舌の位置が奥。サンスクリット語からの借用語に用いる。
[sə]「サ」の発音。
[hə]「ハ」の発音。日本語よりも息を速く強く吐く。

母音記号

母音が子音に組み合わさる場合に、母音の形が変わります。例えば、ka ki ku ke koとデーヴァナーガリー文字で書きたい場合、कअ कई कऊ कए कओ とはなりません。

母音字母音記号कと組み合わせた場合備考
[ə]-क [kə]子音字はअを含んでいると考えるため(潜在母音)、母音記号はない。
[ɑː]का [kɑː]
[i]िकि [ki]子音の左側に表記する。
[iː]की [kiː]
[u]कु [ku]子音の下部にくっつける。
[uː]कू [kuː]子音の下部にくっつける。
[eː]के [keː]
[εː]कै [kεː]
[oː]को [koː]
[ɔː]कौ [kɔː]
[ri]कृ [kri]子音の下部にくっつける。

その他の記号

鼻母音化記号:チャンドラビンドゥ「

母音(「ऋ」以外)は鼻母音化することがあります。鼻母音は鼻から息を出す発音で、カタカナで書くと「~ン」となりますが「ン」とはっきり音は出しません。、鼻母音の発音ができているか判断するには、鼻に手をあてて振動が感じられるかを確認してみてください。

鼻母音化する際の表記は、母音字や母音記号にチャンドラビンドゥ「」を付加します。

母音字の場合母音記号の場合
अँ [ə̃]कँ [kə̃]
आँ [ɑ̃ː]काँ [kɑ̃ː]
इँ [ĩ]किं [kĩ]
ईं [ĩː]कीं [kĩː]
उँ [ũ]कुँ [kũ]
ऊँ [ũː]कूँ [kũː]
एँ [ẽː]कें [kẽː]
ऐं [ɛ̃ː]कैं [kɛ̃ː]
ओं [õː]कों [kõː]
औं [ɔ̃ː]कौं [kɔ̃ː]

シローレーカー(横棒)の上に文字の一部が出ている場合、ॅ(チャンドラ記号)は除き、ं(ビンドゥ)のみを付加します。最近では、上部に文字の一部が出ていなくてもチャンドラ記号が省略されることがあります。その場合でも発音は同じになります。例えば अँ と अं は同じ発音です。

外来語の発音を表す点

英語やペルシャ語由来の単語にのみ現れる音があります。それらの発音は、近い音の文字に点を付加して表現します。実際には、元の文字と同じ発音になることが多いです。

[q]喉の奥で「カ(またはクァ)」と発音する
ख़[x]喉の奥でこするような音を出す。カタカナでは「ハ」「カ」と表記される。
ग़[ɣ]ख़の有声音。喉の奥でこするような音を出す。
[z]「ザ」の発音
[ṛ]そり舌の「ラ」
[ṛh]そり舌の「ラ」の有気音
[f]「ファ」の発音

チャンドラ記号「ॅ」

英語からの借用語を記述するのに使用される記号です。長母音の आ に付き、ऑ (ॉ) という形で[ɔː](口を縦に大きく開けたアに近い「オ」の音)を表します。

(例)कॉफ़ी (coffee)、वॉश (wash)、रॉकेट (rocket)、बॉय (boy)

ハル記号「्」

子音字はअを含んでいると考えるため(潜在母音)、子音のみを表したい場合はハル記号「्」を付加する。しかし、実際にはハル記号を使わずに半子音字を用いて表現することが多いです。(結合子音の項目を参照)

(例)udghatanと表記したい場合、द(d)にハル記号を付加し、उद्घाटनと書きます。※フォントによってはハル記号を使わずに結合してしまっているかもしれません。

ヴィサルガ記号「ः」

コロンに似た記号で、子音「ह」を表す。サンスクリット語からの借用語に使われる。

(例)अतः [atah](したがって)、छः [chah](6)

プルーンヴィラーム「 | 」

読点として使われます。しかし、ピリオドで代用されることも多いです。

(例)मुझे हिन्दी आती है ।

数字

0123456789

結合子音

前提として、子音には短母音のア(अ)が含まれていると考えます(潜在母音)。例えば、कの発音は[k]ではなく、[ka]となります。子音だけを表したい場合に、ハル記号(上述)が使われることもありますが、ほとんどの場合「結合子音」を使って表します。例えばkyaa「何」という単語は、kとyが結合した文字「क्य」を使って क्या と書きます。कयाとしてしまうと kayaa という読み方になってしまいます。

結合子音の作り方は、元となる子音字の形によっていくつかのパターンに分けられます。

最後の一画を消去して結合するもの

子音字の右側の一部を消去

縦棒が真ん中にある子音字は、縦棒を残し右側の一部を消去します。消去した後の子音を「結合子音」といいます。

क [k]、फ [ph]

(例)क+य=क्य、फ+ल=फ्ल

子音字の縦棒を消去するもの

縦棒が右側にある子音字は、縦棒を消去します。消去した後の子音を「結合子音」といいます。

ख [kh]、ग [g]、घ [gh]、च [tʃ]、ज [j]、झ [jh]、ञ [n]、ण [ṇ]、त [t]、थ [th]、ध [dh]、ध [dh]、न [n]、प [p]、ब [b]、भ [bh]、म [m]、य [y]、ल [l]、व [w/v]、श [sh]、ष [ṣ]、स [s]

(例)ख+व=ख्व、ध+य=ध्य、प+ल=प्ल

縦に重ねるもの

縦棒のない子音字は、文字の一部を消去するのではなく、結合する2文字を縦に重ねます。

छ [tʃh]、ट [ṭ]、ठ [ṭh]、ड [ḍ]、ढ [ḍh]、द [d]

(例)ट+ट=ट्ट、ड+ड=ड्ड

〇 + र の結合

後ろにर [r]がくる場合、最後の一画を消去せずに結合します。रは斜めの棒として子音字にくっつくか、子音字の下に山型の記号を付加します。

(例)क+र=क्र、ग+र=ग्र、द+र=द्र、प+र=प्र

(例)ट+र=ट्र、ड+र=ड्र

元の子音字の形は残るが結合場所が例外的なもの

子音の組み合わせによっては子音同士が結合する位置が特殊になります。個別に覚えていくのがよいでしょう。

(例)द+ध=द्ध、द+व=द्व、न+न=न्न

र् + 〇 の結合

前にर [r]がくる場合、シローレーカー(横棒)の上に鉤状の記号を付加します。読む際は、上から(Rを先に)読むことに注意してください。

(例)धर+म=धर्म [dharm]、गर+मी=गर्मी [garmi]

特別な結合子音

子音の組み合わせによっては、元の子音字と全く異なる形をとるものもあります。

क [k]+ष [ṣ]=क्ष [kṣə]クシャ
ज [j]+ञ [n]=ज्ञ [gjə]ギャ(ジュナではありません)
त [t]+त [t]=त्त [ttə]ッタ
त [t]+र [r]=त्र [trə]トラ
श [sh]+र [r]=श्र [shrə]シュラ

鼻子音

鼻子音(ङ [n]、ञ [n]、ण [ṇ]、न [n]、म [m])が結合する場合、半子音字よりもビンドゥ「ं」が用いられることが多いです。

(例)हिन्दी=हिंदी [hindi](ヒンディー)、ठण्ड=ठंड [ṭhand](冷たい)

3つの子音字の結合

3つの子音字が結合することがありますが、結合のルールは上記に記載のものと変わりません。

(例)स+त+री=स्त्री [stri](女性)、राष+ट+र=राष्ट्र [raṣṭr](国家)

発音の規則

デーヴァナーガリー文字は表記と発音のずれが少ない文字ですが、いくつか例外があります。例外の中にもルールがあるため、それらを覚えてしまえば初めて見る単語も正しく発音することが可能です。

潜在母音

母音記号のつかない子音字には短母音のア(अ)が含まれていると考えます。これを潜在母音といいます。潜在母音は常に読まれるわけではなく特定の条件で脱落します。

ルール1語頭の潜在母音[ə]は読む
ルール2語末の潜在母音[ə]は読まない
ルール3潜在母音[ə]が脱落した場合、直前の潜在母音[ə]は読む
ルール4結合子音の前後の潜在母音[ə]は読む
ルール5母音を含む子音字の前後の潜在母音[ə]は読まない

上記の規則1~5をふまえて、潜在母音の発音パターンを紹介します。

発音ルール
कमkəmə カム語頭कの潜在母音[ə]は読む
語末मの潜在母音[ə]は読まない
कमरkəmərə カマル語頭कの潜在母音[ə]は読む
語末रの潜在母音[ə]は読まない
読まれない潜在母音[ə]の前のमの潜在母音は発音する
गरदनgərədənə ガルダン語頭गの潜在母音[ə]は読む
語末नの潜在母音[ə]は読まない
読まれない潜在母音[ə]の前のदの潜在母音は発音する
読まれない潜在母音[ə]の後のरの潜在母音は発音する
सागरsɑːgərə サーガル語末रの潜在母音[ə]は読まない
読まれない潜在母音[ə]の前後の潜在母音は発音する
नमस्तेnəməste ナマステー語頭のनの潜在母音[ə]は読む
結合子音(स्त)の前のमの潜在母音[ə]は読む
असलीəsliː アスリー母音を含む子音字(ली liː)の前のसの潜在母音[ə]は読まない
※母音字अは潜在母音ではないので常に読まれる
निकलनाnikələnɑː ニカルナー母音を含む子音字(ना nɑː)の前のलの潜在母音[ə]は読まない
読まれない潜在母音[ə]の前のकの潜在母音は発音する

促音化現象

半母音(य [y]、र [r]、ल [l]、व [w/v])の前で、子音が促音化(日本語の「ッ」が入る)します。この現象は語頭では起きません。

(例) अभ्यास [əbbhyɑːs] アッビャース(練習)、यात्रा [yɑːttrɑː] ヤーットラー(旅行)、 शुक्ल [shukkul] シュックル(人の名前)、 विद्वान [viddwɑːn] ヴィッドゥワーン(学者)

語末のय(y)

語末のय(y)はエの音に変化します。

(例)चाय [tʃɑːe] チャーエ(お茶) 、हिमालय [himɑːləe] ヒマーラエ(ヒマラヤ)、समय [səməe] サマエ(時間)

語末のव(w)

語末のव(w)は「オ」の音に変化します。

(例)नाव [nɑːo] ナーオ(小舟)

ह(h)の発音

母音ə+ह の組み合わせの時、[ə]が[e]の音に変化する

(例)कहना [kehnɑː] ケヘナー(言う)、रहना [rehnɑː] レヘナー(住む)、जगह ジャゲッ[jəgeh](場所)、ग्यारह [gyɑːreh] ギャーレッ(11)

※語末のhの音はほとんど消滅するため、「ジャゲヘ」ではなく「ジャゲッ」のように聞こえます。

語中のहु[hu]は [ho]の音に変化する

(例)बहुत [bəhot] バホット(とても)、पहुंचना パホンチナー[pəhontʃɑː](到着する)

長母音[eː]+ह、長母音[oː]+ह の組み合わせの時、母音が短母音化する

二音節以上の語で起きる現象です。長母音[eː]が短母音[e]に、長母音[oː]が短母音[o]に変化します。

(例)मेहनत [mehnət] メヘナト(労働)、मोहर [mohər] モハル(スタンプ)

例外

これらの例外は個別に覚える必要があります。

発音意味備考
यह [ye] イェこれhの音がほとんど消える
वह [vo] ヴォあれ
गाँव[gaõː] ガーオンपाँव(足)、छाँव(影)も同様
जन्म [janam] ジャナム誕生जनमと同じ発音
[o] オと、及びペルシャ語由来の接続詞
चिह्न[chinn] チンヌ絵、図